少林寺拳法修行奮闘記 from ハーバフレンズ

2004年6月創刊「あんでぃ邸よりハーバフレンズへ」連載中の「少林寺拳法修行奮闘記」のブログです。 30歳過ぎで始めた少林寺拳法への挑戦ロードです。

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2004年12月号より     

                  


「あんでぃさん、いつ昇級試験を受けるんですか?」

この頃になると練習日のたびに聞かれるようになります。 
そうです。帯に色がつく時が近づいているのです。

子供の時にやっていた空手は白帯で終わりました。 
だから武道で自分の帯に色がつくということは、我が人生で革命的なことなのです。

「うっへっへっへー。」
色のついた帯を締めた自分の姿を想像するだけで、練習中でも思わず顔がゆるんできてしまいます。

「あんでぃさん、何をわらってるんです?」

なんて聞いてきたのは、小学生の女の子。

「大人にはね、子供には理解できない様々なことがあるのだよ。」

と訳のわからない返答をすると

「そう。大人って大変なのね。」と、一応会話は成り立っていました。(^^;

その日の練習後、「第2部」と名のついた修行の場が設けられました。 
別名「飲み会」とも言うようです。

一汗かいた後のイッパイは格別! 
…と言いたいところですが、実は僕はお酒があまり飲めるほうではありません。 

しかしこれも修行の場なので、はずすわけには参りません。
(誰だ!そこで笑っている人は!)

M先生も実に楽しそうに召し上がっておられました。 

そして「あんでぃさん、次の目標は?」
という先生の問いかけに

「帯に色をつけることです!」

言っちゃった。どーしよー!
大会後の初めての練習は、時間通りにいきました。 
重い足を引きずりながら・・・。
着替えて掃除をしていると、僕のところにK副道院長がやってきました。

「あんでぃさん、大会、本当にお疲れ様でした。
       それにしても惜しかったですねえ。」
と言われて

(へっ?惜しかった?何で?)と思いながらキョトンとしていると

「あんでぃさん、第5位だったんですよ。審判の先生の間でも『白帯なのに、あそこまで良く頑張った』って話題になってたんですよ。」




大会後、正直少し自信を失いかけていたのですが・・・
この言葉で一気にパワーが充電!
  
我ながら何とも単純にできているなと思いましたが、すごく嬉しい言葉でした。 

そして「近いうちに、茶帯を巻くことになるかも知れませんね。
いつ昇級試験があっても大丈夫なように、練習していきましょう!」

とK副道院長は言葉を続けました。 

そのあとにM先生が来られて
「あんでぃさん、いいセンスをしてますね。 
これからも頑張って!」
という嬉しい言葉を…。

もう絶対頑張る!
茶帯どころか 黒帯まで取る! 

その日の練習に気合が入ったのは言うまでもありません。 
挑戦してよかった! そんな思いでイッパイでした。 

ちなみに後から聞いた話ですが、M先生は大会の後、新しい人にはいつも同じことをおっしゃるとか…(^^;






 
2004年11月号より
 
すべての大会の競技が終了しました。 

「拳士、整列!」
の号令によって、出場選手が整列します。 
いよいよ、大会の結果発表です。

少林寺拳法の競技は得点制。勝ち負けではなく、技がどれだけできているかで競います。 
それぞれの種目の入賞者が発表され、歓喜の声とともにお立ち台へ。
そしていよいよ僕の出場した一般単独演武の発表です。

「第1位、東京G大学XX拳士!」

そして「第2位、東京G大学ZZ拳士!」

くそっ! やっぱり入らないか…!
 
  
残りの入賞はあと一つ。そして「第3位、…」

たのむ!お願い!僕の名前を呼んで…!まさに祈るような思いでした。 

「第3位、JT高校YY拳士!」 





・・・僕の区大会が終わりました。 
確かに最初は出場を勧められたから出場しました。 
出場することに価値があると思っていました。
白帯だから、負けても仕方が無い…そんな思いでいたのも事実。
しかし、敗北の現実を目の当たりにしてみると、何とも言えない悔しさが込み上げてきます。 

大会の最後に出場選手全員で記念写真を撮りました。 
白帯の敗北者である僕は、一番隅でした。 

「いつか、真ん中で首からメダルを下げて、写真に写ろう。」

写真の中央には入賞者が固まってました。とても輝いていた。 
自分もいつか輝きたい。来年の大会では、絶対…。